小学校教師の安田亨(仮名)は福島県O町の学校に転任してきた教師生活3年目のいわゆる新米教師である。

O町の学校では4年生の担任を受け持つ事になり前任の学校同様
児童達には人気があり田舎の子供らしい人懐っこさに安田はほっとしていた。
教師間の感触もとても良く一か月を過ぎる頃には先輩教師に飲みに誘われる程新しい生活も順調に軌道に乗りかけていた。
そんな生活が二ヶ月程経過した頃である

学校の教育方針で行っている週に一度の漢字テストの採点をアパートの自室で始めた彼は比較的高得点の児童が多いので満足していたがシャープペンを使用している者が多く蛍光灯の灯りに反射してとても見ずらく全員の採点が終る頃にはもうすっかり目がしょぼしょぼしてきた。
中休みに一服とと煙草に火をつけながらコーヒーでも入れようかとキッチンに向かうと(あれ?)今まで気にならなかったのだが流し台の前の床が心なしか染み出て色が変に変わっているように見えるのだ。
(今まで二ヶ月もの間気がつかなかったが?)
(木の木目のようにも見えるが?)
目が疲れていたせいかじ~っと見るも何だかよく解らない。
きっと何かこぼしてその跡が沁みているのだろうと自分なりに解釈しその後明日の仕事の準備を終え床に就いたのは11時を過ぎていた。

それから1週間程過ぎ去り安田もあの沁みの事などすっかり忘れていた時 例により部屋で漢字テストの採点を初めて10分程経過した頃である。
(ミシッ! ミシッ!)と床の上を歩くような音が聞こえてくるのだ。
辺りを見渡すも何も変わった事はない。
(隣の部屋かな?)
いや そんなはずはない
反射的に何か異様な気配を肌に感じた安田は恐る恐る流し台の前の床の部分に目を向けた。
(あっ! シミだ!)
まぎれもなくまたあのシミだ。
それも1週間前とは比較しようもない程はっきりと浮かび上がっているのだ。
(なんて不気味なシミなんだろう・・・)
今まであまり気にもしなかったのだが何か不吉な予感を感じ いい歳をして床のシミが怖いなどとは言いたくはなかったのだが思い切って大家に電話で事の次第を告げると(それは申し訳ありません とにかく明日にでも行ってみますから・・・でもそれ位で良かった。)・・・と大家は単なる床のシミと決めつけ愛想笑いしながら謝った。
その夜は床のシミは消える事なくあまりの気味の悪さに雑巾をそのシミの上にかけて翌朝を迎えた。
登校前に雑巾をちょっとどかして見るとやはりシミは消えもせずむしろ何か丸い模様が浮き上がっているようにも見えた。

その日授業が終わってもどうもすっきりしないと言うか気になって 早々に部屋に戻ってあのシミを確認した。
(あっ‼) 安田は一瞬息を呑んだ。
それはもはやシミなどではない。
床に浮かび上がっている人間の顔ではないか
しかも非常に物悲しく泣いているようにも見える。
安田はもうその場にとどまっている勇気は最早ない。後ずさりしながら玄関の方へ進んだ。
そこへ(先生!・・・)と肩を叩かれ
(うわーーーっと)大声を出し腰を抜かしてしまった。
(一体どうしたんですか そんなにびっくりして・・・先生が昨夜床のシミがどうこうって言うから来て見たんですけど)
(いや・・・すみません・・・それが・・・)
安田は無言でシミの部分を指さした。
大家は押し黙ったままそこを見つめている
(うむ・・・確かに変なシミだな 気味悪いねえ それにしても一体なんだってこんな。)

大家の話によると安田の部屋は3年前新築したばかりで元々あったアパートの西隣に2部屋程増築したと言うのだ。
(いずれにせよ明日の朝にでも大工を呼んで床を張り替えましょう)と大家はやや慌てた様子で約束した。

とりあえずほっとした安田であったが明日までこんな部屋にとてもじゃないがいる気はしない
今ではすっかり打ち解けた先輩教師の松本和夫(仮名)の家を訪ねる事にした。
松本は突然の訪問にも関わらず歓迎してくれておまけに(泊まっていかないか)と言うのである。渡しに舟とはこの事か 遠慮するふりをしながら好意に甘え独身同士の二人は焼酎を飲みながら明日は日曜という事もあり12時近くまで語り合った。しかし安田はあのシミの事は一切触れなかった。

翌朝松本の家を失礼してアパートに戻ると一足先に大家と大工の棟梁が待っていた。
(では早速見てみましょう)と言いながら鍵を差し込むも ドアを開けるのに非常なためらいがあった。はっきり言って怖かった。大きく深呼吸して一気に押し開いた。

シミは昨日より一層浮き出ている
(・・・棟梁 これ顔に見えるでしょう)
(誰かが悪戯して書いたんじゃないですか)
(それにしても恐ろしく不気味なシミだな)
3人で色々話をしているうちに家の構造を熟知している棟梁は(いずれにせよこの部分を剥がしてみて床の下がどうなっているか調べてみる必要がありますね 何らかの原因で湿気が溜まり床がふやけているのかもしれないから)
大家の許可をもらい棟梁は早速作業に取り掛かった。
床を切り取り棟梁は懐中電灯を灯して床下の奥のほうまで覗き込んだ。が何処を見てもそれらしい痕跡が見つからない。
なんせコンクリートのべた基礎なので当然湿気を帯びている場所など見当たらないのだ。
すっかり考えこんでしまった棟梁は再び床下を覗き込みコンクリート地を丁寧に手で確認してみると少しコンクリートに亀裂が入りそこに何か異物が入っているのを見つけたのである。
よく見ると白いもので 何かの骨片にも見える
(大家さんこれは 骨じゃないですか?)
(骨? 一体なんの骨が?)
(しかし 床のシミとは何の関係もないんじゃないの?)
(そりゃそうなんですが・・・でもこれはちょと変ですよセメントに白い異物が混ざるはずがないし・・・)
(ん・・・でも何かの間違いと言う事も)
(ええ・・・ですがまさかと思うけど人の骨じゃ・・・)
(人の骨‼)

思いがけない棟梁の言葉に二人は仰天した。
しかしそうだとしたらエライ事だ
(骨だとしても 犬か猫の骨では)・・・
これ以上3人で議論しても始まらない 間違いなら間違いでいいから警察に調べてもらおうと
大家は早速近くの駐在に電話した。
連絡を受けた警察はすぐにパトカー2台でやってきて刑事だけではなく鑑識官も一緒だった。
白いものを丁寧に擦り取ったり 今までの経緯を詳細に尋ねる作業が2時間程でようやく警察もひきあげその後間もなくたしかに人骨である旨の連絡が入りその部屋は一切立ち入り禁止となり警察の本格的な捜査が始まった。
その後その骨は7~8歳位の女の子である事もわかった。

単なるシミから殺人事件にまで発展してしまい(本当に参ったよ うちのアパートがお化け屋敷だなんて噂が広まったら誰もこなくなっちゃう)
大家のぼやきももっともである
それにしてもなぜ女の子の骨がこのアパートの基礎の中にあったのか・・・
それはこの事件からちょうど3年前にさかのぼる。
安田がこの春赴任してきた学校の小学1年生だった佐藤久美子ちゃん(仮名)が突然行方不明になった事があった。
誘拐事件かと当時町中大騒ぎとなり町民が警察と一体となり捜査に協力するも1年~2年とついには迷宮入りのままになって町の人の記憶も薄れかけていた。

その後警察の懸命の捜査と追及により殺人犯は逮捕された。
そのアパートを建築した当時左官業の助手として働いていた今井浩二(仮名)と言う変質者の犯行である事が判明したのだ。

今井の自供によると久美子ちゃんを連れ出し悪戯した後殺し死体の処理に困りはてた今井はなんとそのアパートの基礎工事の際人気のいない早朝現場に来てコンクリートを流し込む前の地面に埋めてしまったと言う非常に残酷非道な驚くべく供述をしたのだった。

それにしてもなぜ今頃このような形で発見される事になったのだろう。
3年前に殺された久美子ちゃんは今健在ならば安田が現在受け持っているクラスに在籍していたはずだ。
もし生きていたのであればこの部屋のこの安田に自分は教えられていたかもしれないと言う孤独で哀れな久美子ちゃんの精一杯の働きかけなのであろう。
新しい担任の安田先生にすがるようにシミの中に自分の顔を表したのに違いない。